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8月30日、天候は晴れ、前夜から降った雨の影響を受けて、ウエットコンディションで練習走行が開始された。決勝が開始された10時頃は、路面もすっかりドライとなり天候への不安は解消し決勝戦が始まった。
『世界一の草レース』を自負するモテ耐は、参加車両の公平性を図る為、車両の性能より細かくルールが設定されている。
タイヤの使用数は3セット、電動工具の使用禁止、ガソリンの給油中は他の作業禁止、ガソリンの給油量、給油時間等々、多くの制限がある。
ベスラチームの車両はGSXR1000で、『SS』クラスに分類され、給油量は16リットル、給油及び作業時間に最低、5分を費やさなければならない。タイムで周回数を争う耐久レースとは異なるルールであるが、燃費とスピードを組み合わせたモテ耐独特のルールである
レースは46チームが参加し、1周4.8キロ、7時間後のゴールを目指して、予定通り10時に開始された。
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第一ライダーの福田が好調にスタートし、第一ラップは2.16.250と慎重に走り、順位は2位ラップを重ねる毎にタイムは順調に上がり、第4ラップでは2.02.479を記録しペースは上がってきた。第5ラップをむかえ、少しタイムが落ちたので気になったきたところ、第7ラップで突然スローダウンしてしまった。マシントラブルである。テレビを通してスロー走行するベスラマシーンの姿を見るピットクルー達の不安は隠せなかった |
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スタート直後の第一ライダー 福田 |
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リヤーホイールのベアリングのトラブルであり、直ちに交換してスタートしていったが、順位は46番目の最下位に転落してしまった。国際ライダーの福田の走行は2回だけであり、福田でリードを保つベスラの作戦は危機に直面してしまった。懸命に追走する福田の交代時には35位まで挽回をしてきた。 |
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第二ライダーは遠藤である。給油を含めた5分間のインターバル後コースに戻ると41位に後退していた。遠藤は順調に周回を重ねタイムも2.05〜2.06のペースを保ち懸命に1位を追いかけて快走をした。交代時には順位を21位まで上げてきた。
第三ライダーは生田目(なまため)である。5分間のインターバルの後、コースに戻ると21位から34位へ再び後退していた。順調に周回を重ねて再び21位になった時、突然、悪夢が襲った。コーナーリングの時に、他チームライダーの突然の接近を避けきれずクラッシュしてしまった。ライダーに怪我がなかった事とレース進行を妨げなかったことが幸いであった。再びピットに戻ると35位と振り出しに戻ってしまった。
遠藤にバトンタッチされた時は31位、必死の追走で18位まで順位をあげて、生田目にバトンタッチ。順位は再び26位に後退。生田目は13位まで順位をあげて、再び、遠藤へバトンタッチ。遠藤がコースに入った時は22位まで下がったが、遠藤の快走で再び11位へ浮上した。
5分のインターバルが重くのしかかり、順位の変動を繰り返しがいまのモテ耐の面白いところかもしれない。ベスラチームも遠藤、生田目両ライダーの活躍で必死に1位のチームを追いかけていった。
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2回しか走行が許されない福田がコースに出たときは再び21位に後退していた。遠藤、生田目の快走に刺激を受けた福田は、2.00.775というベストタイムを出して追い上げる。
18位、17位、16位、15位と順位をあげて、交代直前は9位まで順位をあげた。
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46位の最下位から9位までの追走が、ベスラのモテ耐の初挑戦の感動のドラマであった。
最終ライダーは遠藤であり、燃費との調整をしながら、173周を完走し12位でフィニッシュした。優勝は、Tras & PIAAであり、健闘を祝福したい。
初めてのモテ耐出場に際して、盛田氏、本田氏、江連氏、藤野氏、生田目(兄)氏、藤倉氏はじめ当社社員のご協力を心から感謝したい。
また、米国のベスラスズキのチーフライダーであるマークヤング、チーフメカニックの トニーポルグの陣頭指揮が経験の少ない日本チームを盛り立ててくれたことは、感謝したい。
この経験を生かして2009年のモテ耐に挑戦できる様に頑張りたい。以上
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ベスラピットクルー |
生田目 マーク トニー 遠藤 |
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